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特集「美しい虚無-妄想映画の魅力」

2022年2月7日

特集「美しい虚無14」⑦
しあわせの絵の具(上)(2018年 伝記映画)

監督 アシュリング・ウォルシュ

出演 サリー・ホーキンス/イーサン・ホーク/カリ・マチェット

シネマ365日 No.3835

面白い絵だわ 

本作のヒロイン、モード・ルイスの絵を初めて見たのは、雪景色の中に4、5本の黒い木立があり、中央に小さな青い池がある。1本の木の下に黒っぽい背の低い木があって、そばに鹿が2頭いる。小さい鹿にはバンビの斑(まだら)があり、大きな鹿は首から胸にかけて赤茶色の毛並だ。親子だろう。池の向こうには民家が建っている。等間隔で3軒、その向こうに1軒。家の後ろには葉のとんがった(杉かも)背の高い木が並ぶ。空はターコイズブルーだ。じっと見ていると、明るい原色なのに妙に暗いのだ。夜ではない。夕方でもない。朝かもしれない。戸惑うのは絵に影がないからだ。陰影が施されず絵の中の何も動きがない。雪はやんでいる。風のそよぎもない。鹿の足跡もないし、木の葉も散らない。住まいには人が住んでいるのかいないのか、煙突から煙は上がっていない。しかも空の手前に描かれた山は、生き物が死に絶えたように真っ黒だ。以後注意して彼女の絵を見たがどれにも影がない。モード・ルイスの絵はおとぎ話のようにファンタジーで、メルヘンチックだが、どこかこの世の風景ではない世界を描いているのだ▼この映画を見て彼女が重度のリウマチで、絵筆を握るのにも歩行にも困難があったとわかった。住んでいたのはカナダの田舎町だ。冬は地平線まで何もない銀世界になる。モードが暮らした家は5平方メートルあるなしの一間。2階(と言えるかどうか)のロフトが夫婦の寝室だった。彼女は魚を行商するエベレット(イーサン・ホーク)と結婚する。いきさつに触れると、モードが32歳の時に父が、2年後に母が亡くなり、兄と2人になるが、借金まみれの兄は家を売り払い、モード(サリー・ホーキンス)を叔母の家に預けた。叔母が厳格で唯一の楽しみである絵も自由に書けず、ある日買い物をしていたモードは、家政婦を募集中のエベレットに出会い、家出同然に叔母の家を飛び出し、住み込みの家政婦となった▼エベレットは孤児院で育った。字も充分に読めない。「この家は俺のものだ。優先順位は俺、犬、鶏、お前だ」という男性優位主義にして所有欲と女性差別の権化である。平気でモードを引っ叩き「家事をしろ、飯を作れ、まずい」罵詈雑言を浴びせる。モードは弱者の知恵として、抵抗せず懐柔する策に出る。せっせと働き、不自由な体で水汲み、薪割り、力仕事も厭わず、彼女がいなければエベレットは不便を覚えるようになり、壁に絵を描くのを黙認する。彼女は頭がいいのだ。エベレットが帰宅すると家のドアや壁に可愛らしい花や鳥がペンキで描いてある。「誰が絵を描けといった」と怒鳴る男に「あなたよ。家を綺麗にしろと言ったわ」。エベレットは「俺のブーツと窓以外はどこに描いてもいい」と譲歩する。茶ツボ、ティーポット、ちり取り、クッキーシート、内壁に外壁に雨戸、薪ストーブ、家庭内の物品がキャンバスとなった。ある日女性の訪問客があった。応対に出たモードに「魚屋の奥さん? お金を払ったのにまだ魚が来ないの」。彼女サンドラ(カリ・マチェット)は文句を言いながら「あれは?」。モードが壁に描いたニワトリを指した。「絞めたの。でも幸せだったころを残しておいてあげたくて」。サンドラの表情がほころび「面白い絵だわ。売ってくれない?」。1枚5セントと、あてずっぽうに値段をつけると「10セント出すわ」。サンドラは田舎で休暇を過ごしていたニューヨークの女性だ。画商ではないが絵画好きだった。見る目もあった。「描いた絵をニューヨークに送って。言い値で買うわ」それを聞いたエベレットの態度は一変、せっせと掃除を手伝い、妻に絵を描く時間を与える。

 

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