女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「神も仏もない映画」

2022年2月26日

特集「神も仏もない映画6」⑦
サウルの息子(2016年 社会派映画)

監督 ネメシュ・ラースロー
出演 ルーリグ・ゲーザ

シネマ365日 No.3854

ゾンダーコマンドの男 

最後までわからなかったのは、なぜサウル(ルーリグ・ゲーザ)が息子の埋葬に執拗にこだわるかです。アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所にゾンダーコマンド(秘密の運搬人)という特別な身分の囚人集団がある。他の囚人と引き離され、ガス室送りとなったユダヤ人の死体処理をする。ナチスに代わって手を汚す仕事をし、数週間は延命するが結局は処刑される。どっちみちサウルは助からない。ガス室から出てまだ息のある少年がいた。サウルの息子だった。少年はその場で窒息死させられ解剖に回された。解剖室にサウルは行き、息子だから埋葬したいと死体の引き取りを願うが許可されるはずもない。しかしその医師は「今夜5分だけ会わせよう」とはからってくれる。彼も同じ囚人だから、ばれたら即処刑である。サウルはユダヤ教に則った埋葬を施すため、収容所内でラビを探し回る▼火葬ではいけない宗教上の決まりがユダヤ教にはある、それにしてもなぜ危険を顧みず埋葬にこだわるのか。どうせ自分も死ぬ。仏教徒なら「あの世で会いましょう。安らかに」になるのでは…サウルの従事するゾンダーコマンドの作業が凄まじい。移送されてきた数千のユダヤ人に「われわれは労働力を必要としている。申し出れば仕事と給料を与える。病棟の看護師、技術者、家具職人、石工、大工、セメント職人、錠前屋、電気技師」らは申し出よ。次は「服を脱いでフックにかけシャワー室に入れ」。鉄の扉が閉まる。外で待つサウルにシャワー室(ガス室)の阿鼻叫喚が聞こえる。全裸で折りかさなる死体を運搬車に積み上げ、血と汚物にまみれた床を、悪臭を防ぐためタオルを口に巻き、磨くのがサウルたちだ。ゾンダーコマンドのメンバーはフックに掛かった持ち主のいない衣類から、金目のものをかき集める。彼らには脱走計画があり、賄賂が必要だった。サウルは脱走に無関心で、ひたすらラビを探す。何人かいたが偽物だったり殺されたり、サウルのラビ探しにも犠牲者が生じた。それでも彼は諦めない。収容所が爆撃を受けても息子の遺体を入れた袋を担いで逃げ回る。しまいに彼の行動に強い違和感を覚える。なぜそこまで。わからない▼焼却された数千の遺体の灰はトラックで川に運ばれ川辺から捨てられる。来る日も来る日も「移送者」が到着する。「死」とか「遺体」の感覚は麻痺してしまうのだろう。抽象的に考えるのはやめよう。もし自分の母がガス室から運び出されたとしよう。「お母さん、後から行きます。安らかに」ですむ? せめてお経のひとつも唱えてほしいと願うのは、私の母はゴミやクズでも、部品でもないからだ。人間には人間の尊厳がある。サウルの憑かれたような埋葬への執念、他者への迷惑や犠牲を顧みない行為はもはや異常だ。しかし異常と言うならこの収容所こそ異常の極みだ。サウルはそこでひとり、人であろうとしただけだ。大きな深い濠のへりに並ばされ、機銃掃射でバタバタと穴に落ちていく人たち。上からさっさと石油をまき焼却する。こんな光景が毎日数時間ごとに繰り返される。収容所を歩いているのは痩せて服がだぶだぶになった骨と皮の囚人。歩みが止まり倒れるとそこで息を引きとる。かくも残虐な渦中で人間であることを失いたくなかったサウルは、愚かしく異様にしか見えなかったということか。やがてサウルにも処刑の日が来た…。

 

あなたにオススメ