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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2022年3月10日

特集「映画に見るゲイ15」347
さらば、わが愛/覇王別姫(下)(1994年 ゲイ映画)

監督 チェン・カイコー
出演 レスリー・チャン/チャン・フォンイー/コン・リー

シネマ365日 No.3866

人生の果て

試練は過酷だった。自己批判せよと大衆の面前で路上に引き出された蝶衣と小楼は跪き、互いを面罵しなければならなかった。「蝶衣は日本軍の前で歌った裏切り者だ。アヘン中毒となり、労働者の血と汗は煙となって消え去った」と小楼。「お前という奴は良心をなくした、ただの野良犬だ。あの女(菊仙)に出会ったのが運の尽きだ。女の正体を知っているか。春をひさいでいた淫売だ」と蝶衣。「愛してなどいない。もう縁を切る」と口走った小楼。群衆に混じって聞いていた菊仙は絶望し、花嫁衣裳を纏って首を吊った。大革命の嵐が去った1977年、11年ぶりに再会した小楼と蝶衣は学校の体育館を訪れふたりだけで「覇王別姫」を演じ始めた。体力が衰え、足が乱れた小楼を支え、演じ終えた蝶衣は小楼が腰にさしている剣をぬき、自らが演じてきた劇中の虞美人と同様、喉を突き刺した。母親に捨てられ、京劇一座で過酷な稽古に耐え、スターとなったら反体制分子として迫害を受け、最後は京劇の未来を失い主役「別姫」のまま自死を選ぶ。主人公蝶衣の悲劇的な人生が辛い▼カンヌのパルムドールは長尺が多い。「美しき諍い女」は4時間、「アデル、ブルーは熱い色」は3時間、本作も3時間になんなんとします。緊密に構成されダレはありませんでしたが、前半に比べ後半特にラストに近くなって、ダイジェスト版ふうに話が端折られたのが残念でした。どうせコテコテに描くなら、心をかき乱すまでに美しかった少年、蝶衣を老残まで描き切って欲しかった。小楼は現実的な男でそれなりに納得した人生だったでしょうが、身も心も京劇と小楼に打ち込んだ蝶衣が切ない。菊仙も哀れだ。夫の「愛していない」がその場を糊塗する言葉とは思えなかったことが、群衆の煽りや騒乱、狂乱的な時代の脅迫だったのでしょうか。漢服に着替えた蝶衣はどこにでも見かける青年ですが、いったん京劇の衣裳をつけて舞台に上がると、女の化身となります。彼は現代の芝居をこう言います。「衣裳が地味で魅力が乏しい。背景もリアルで目を楽しませてくれない。京劇には独特の、歌、所作、セリフ、外連(けれん)の総合芸術だ。声は歌となり、動きは舞いとなるのが京劇の美だ」。彼の「別姫」は美麗だった。大胆な衣裳がその美しさを倍化した。彼は弟子の小四が「別姫」の役を奪ったとき、事前にそれを知っていた小楼が自分に一言も知らせなかったことに、彼への信頼を捨てます。そして自分の分身でもあった豪華な舞台衣裳に火をつけて去る。蝶衣の喪失を感じた菊仙が、長い衣裳を着せ掛けてやると「ありがとう、姉さん」と礼は言うものの、歩き去るとき肩から落ちたそれを拾い上げもしなかった。「姉さん」と振り返った時のレスリー・チャンの目が悲しくでもなく、嘆くのでもなくただ妖しく光る。人生の果てを見届けたとき、人はこんな目になるのかもしれない。

 

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