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令和4年6月のベストコレクション

2022年6月8日

特集「令和4年6月のベストコレクション」⑧
フレンチ・ディスパッチ(2022年 ファンタジー映画)

監督 ウェス・アンダーソン
出演 ビル・マーレイ/ティルダ・スウィントン/フランシス・マグドーマンド/レア・セドゥ

シネマ365日 No.3956

でもそれは何だろう 

特集「令和4年6月のベストコレクション」

タイトルは全部書くと「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」です。奇妙に長ったらしい名前からして、早くも〝いたずら〟に誘い込もうとするウェス・アンダーソン監督の下心が仄見える。例によって舞台は架空の街だ。そこの米国支局で働く個性の強い記者たちが、廃刊になる雑誌の最終号に腕を撫して記事を書く。無鉄砲な自転車リポーター、批評家で編年歴史家のベレンセン、孤高のエッセイストらが編集長に提出する4話の記事が本作の内容だ。通底するのはどこまでもウェス・アンダーソンの世界観であり、例によってちょっと変わった人たち。刑務所の精神科病棟で絵を描く囚人、彼のモデルになる美人看守、その絵に惚れ込み資金をはたいて完成作の購入を約束するが、描いたのはキャンバスでなく刑務所の壁面だから持ち運びできない。有名な収集家をボスに持つ美術批評家は、現実の美術史上にはない意味と価値を与える…▼アンダーソンの世界観と書いたが、一言で言えば辛口のメルヘンだ。それに響き合う俳優、女優たちが今回も映画を華やかに彩る。なぜこうもアンダーソン監督はもてるのか。彼は絶対に人を不幸にしない。登場する彼らや彼がエロ高齢者であれ、家出した引きこもりの少年少女であれ、ヘタレの男性であれ、不倫の主婦であれ、犬を捜索する少年であれ、悲惨でもなければ薄幸でもない。その代わりおめでたくもないし棚ぼた式の幸福もあてにしない。彼らは知性的で辛辣で、リアリストだ。自分なりのリアリズムをしっかり守る意味のリアリストなのである。アンダーソンは彼らを通してノーマルな世界から一挙にアブノーマルな異空間にワープさせる。ページをめくれば突如現れる絵本の美しい絵にも似ている。フルヌードで突っ立つレア・セドゥ、趣味の悪いキャパクラ嬢みたいに、盛り上げた毒キノコみたいな赤毛の頭とオレンジ色のドレスで現れるティルダ・スウィントン、口をヘの字にまげ「結婚もしない、子供も持たない。執筆に生きていく女性の二大障害物よ」と宣言する一見非情なフランシス・マグドーマンド、娼婦になったシアーシャ・ローナン、学生運動の活動家、頼りなさそうなティモシー・シャラメは、川に溺れて死んでしまう▼アンダーソンの作品がおしなべてそうであるように、これと言った主張はない。ないが人は特に主義主張がなくてもいいのだ。しんどい時は(まあいいか、こういうこともあるさ)と黒い雲が通りすぎるのを待つ。「ムーンライズ・キングダム」の主婦は、母親の不倫に腹を立てる娘に「どうして何事も難しくするの?」とやさしく問いかける。本作の奇妙な男も女も、どこか滑稽で独断的で、人間らしい。無愛想な女性看守は、超人的な忍耐力で囚人画家のモデルを務める。そして恩着せがましいことを口にしない。画家の絵を世に出そうと有り金叩く画廊主も自分の目を信じる自分なりのリアリストだ。何か大事なものが人と人生にはあるはずだ。彼らの並外れた情熱(その方向は必ずしもマトモではないにせよ)を見ているうち、私はそんな気がしてくる。でもそれはなんだろう。コミカルでノスタルジックなスクリーンに展開するドタバタは、ミヒャエル・ハネケの哲学的なストーリーとは真逆だが、根っこは同じなのだ。「でもそれはなんだろう」。アンダーソンは解答しない。登場人物の誰かに共鳴したとすれば、驚いたとすれば、クスッときたとすれば、そのシンパシーが答えなのだ。

 

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