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特集「幾億の星と幾千の月のシネマ・パラダイス」

2022年6月28日

特集「幾億の星と幾千の月のシネマ・パラダイス5」⑦
祇園囃子(下)(1953年 社会派映画)

監督 溝口健二
出演 木暮実千代/若尾文子/浪花千栄子

シネマ365日 No.3976

わたしたち主義

お君から美代春に電話があった。美代栄が謝りにきているという。「あんた、来たらどうえ? 来るまで美代栄、置いとくで」。美代春「行きます、そのかわり美代栄はすぐ帰しておくれやす」それから「神崎はん、木屋町どすな」と座敷を確認した。交換条件であろう。美代栄が帰って来た。「勝手な真似をして」と叱りつけ、お君に会いに行く。「お母はん、美代栄のことは堪忍してくれはりますな」。お君は相好を崩し「明日から(お座敷に)呼んであげるえ」。この立ち回りの見事さよ。美代春は神崎と一夜を共にする。翌日からじゃんじゃんお座敷の電話が鳴り詰めとなった。「あんた、夏のハンドバッグ、欲しかったやろ。帯も買うてきた」畳に広げる美代春に「お金、どうしたん?」「…」「姉ちゃん、うちの代わりに好きでもない人のとこ、行くねんやったら、うち、芸者やめたい。お金で買われるのが上手な人が芸者の世界で出世して、うちみたいなヘタなもんがボイコットされる。体を売らんと生活できへんのやったら、うちはやめる。姉ちゃんもやめて」「生意気な」美代春はビンタを張る▼「やめてどうするの。私は慣れきった体やから今さらどうしようもないけど、あんたの体だけは守りたいと思ってる。難しい世の中は生一本では通らへん。せやけど、あんたの気持ちはできるだけ通させてやりたい。私は親も兄弟もないけど、人間の情だけは持ってるつもりや。人間いくらお金があっても一人になったらみな寂しいもんや。ましてうちらの境遇を考えておみ。困っている時はお互いが助けおうて、生きていくより仕方ないやろ。栄子、あんたのこと、他人と思うてへんのえ。わかったな」栄子は美代春の背中に抱きつき「姉ちゃん!」「わかってる、今日からあんたの旦那は私や。祇園の人がびっくりするで」言っている間にもどんどん電話が鳴る。「今夜は祇園祭や。忙しいえ」。2人は軒を出た。行き交う芸者たちに丁寧に挨拶しながらお座敷に向かう。その後ろ姿が力強い▼85分の尺に一分の隙もない。ラストは、利便主義の薄っぺらな男たちに比べ、泥水だろうと毒皿だろうと舐めて食べて吐き出して生きて行く姉妹の絆に送る、溝口健二監督の讃歌であろう。女性を道具として扱う男社会の通念が、色街というフレームの中でより如実に描かれるが、そこに埋没せずシスターフッドという〝わたしたち主義〟に活路を見出した女たちが、時代を先取りしたようにも見える。盛大に祇園に通い一世を謳歌した旦那の零落した姿もリアルだ。逆に美代春に振られた若旦那が、苦境にいる女を訪ね「金がいるのか、あんたのためならいくらでも」とにやけながらビタ一文助けず、嘲笑だけ残して去るシーン。姉妹の精神性に比して男の弱さ、いやらしさを描く溝口健二監督には容赦がない。稀代の傑作とされる「雨月物語」でも、田中絹代と京マチ子に対する森雅之の、セレブの亡霊に骨抜きとなった男ぶりが絶品だった。

 

 

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