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特集「やり返す女」

2014年9月9日

特集「やり返す女」親切なクムジャさん (2005年 犯罪映画)

監督 パク・チャヌク
出演 イ・ヨンエ/チェ・ミンジク

心の修羅 

 クムジャ(イ・ヨンエ)は18歳の高校生のとき妊娠、父親は教育実習にきていたペク先生(チェ・ミンジク)だ。彼に相談した。クムジャが出産して数年後、先生は身代金目当てにウォンモ君を誘拐、殺したうえクムジャが罪をかぶって自首しなければ娘を殺すと脅した。彼女が刑務所に入るとペクは子供をオーストラリアに養子にだしてしまった。ウォンモ誘拐殺人事件の犯人と報道されたクムジャは、残虐な手口と美貌で世間を騒然とさせた。13年の刑期を終え、冬だというのに逮捕されたときに来ていた夏のワンピースで出所した彼女は、刑務所で彼女を指導してきた伝道師が差し出した豆腐(心を白くして二度と刑務所に戻らないことを意味し、出所した受刑者が食べる風習がある)を、「余計なお世話です」ビシャっとはらいのけ、豆腐は地べたにグチャッ。クムジャは刑務所で13年間「親切なクムジャさん」としてふるまい、練り上げた復讐を実行に移すのだった▼国民的女優イ・ヨンエ(「チャングムの誓い」)が、冷徹な復讐者に、同時に後悔にさいなまれる母親を演じる。刑務所での「親切なクムジャさん」とはなにものだったのか。パク・チャヌク監督の復讐三部作の最後を飾る逸品です。「 オールド・ボーイ 」に比較してできが落ちるという人もいるが、イ・ヨンエを擁して臨んだ監督のマニエリスム映画版の世界はやっぱり面白いですよ。クムジャさんは模範囚だった。「祈りを学ぶには刑務所は理想的な場所です。祈りは垢スリと同じ。何度も祈って皮が剥ければ赤ん坊の肌と同じになります」こんなクムジャさんの言葉に伝道師は感涙する。彼女と彼女の復讐の片棒をかつぐムショ仲間を紹介しよう。クムジャさんはムショ内で女囚たちにさんざん恩をうっておき、出所した彼女の頼み事を断れないようにしておいたのだ。その親切が半端じゃない。慢性腎不全に悩んでいたウ・ソヨンに、クムジャさんは腎臓をわけてやる。「このクソアマが腎臓くれるっていうのだよ」ウ・ソヨンはうれし泣き。出所したクムジャさんの指示する特注の銃を製造してやる▼コ・ソンスクは元北朝鮮スパイの老女。寝たきりで認知症がまじる。みな彼女の介護を逃げまわっているのにクムジャさんは引き受け下の世話までしてあげる。元スパイが感謝として贈った法句集はじつは「改造銃」の設計図だった。キム・ヤンヒは売春宿の主人を殺して服役。現在無許可の美容院を経営し、出所したクムジャに活動拠点を提供する。パク・イジョンは「魔女」と呼ばれる殺人鬼を、毎晩うちわで夜通し仰がねばならぬ。美貌のクムジャさんは「魔女」に卑猥な性戯を要求されるが(このクソブタが有名な「魔女」だ。姦通した夫と相手の女を殺して食べたという。私より運の悪い人たちだ。5分がまんしてあとで泣こう)と割り切る。彼女は「魔女」を石鹸で転倒させ、入院した彼女に洗剤入り食事を食べさせ衰弱死させる。パクは美人である。出所してペクと結婚し情報をクムジャさんに教え復讐の手引をする。チェ刑事。取り調べの途中でクムジャさんは無実だと確信し、出所後協力する▼クムジャさんは養子斡旋所から書類を盗み、娘ジェニーの居場所をつきとめオーストラリアに飛ぶ。養父母に溺愛され、ジェニーは13歳の娘に成長していた。ジェニーはどうしてもクムジャさん(母親をそう呼ぶ)といっしょにいたいと言いはり、ふたりでソウルに帰る。子供相手の英語塾の講師になっていたペクを探しだしたクムジャさんは彼を山奥に拉致する。そこで彼女が知ったことは、ウォンモ少年だけでなく、その後4人の犠牲者を出していた。クムジャさんは悔やむ。自分があのとき自首などせずペクを逮捕させていたらこの子らは死なずにすんだ。そのことにクムジャさんは深く傷つく。クムジャさんは犠牲者の親たちに連絡を取り、子供たちの父母や祖母が山奥の廃校に会した。再びクムジャさんの「親切」が発揮される。チェ刑事が同席しペクの犯行を明らかにした。彼は犠牲者を選んで犯行に及ぶと、別の英語塾に転職。自分が担当するクラスの子は避けたので捜査線上に浮かばなかった、子供をさらい、ビデオに撮影するとすぐ殺害した…▼「選択肢はふたつ」とクムジャさんは遺族に言う。「ここでチェ刑事に犯人を引き渡し法的な処置を待つ。迅速で個人的な処罰として今すぐここで犯人を殺す」。こうはっきり提示されると遺族にも動揺が生じた。「クムジャさんに任す」説まででたが、結論は「警察は犯人を捕まえられなかった。処置を任しても手ぬるい」。斧を用意してきた遺族もいた。彼らは血の飛沫よけのレインコートを着て、廃校の暗い廊下の椅子に一列に並んで座り、自分が手をくだす順番を待つ。この手段はクムジャさんの遺族への贖罪とも思われますが、クムジャさんの心は癒やされません。娘ジェニーからみた母親はこうです「クムジャさんは若くして大きな失敗をした。自分の目的を果たすために他人の心を利用したが、あれほど願っていた救いは得られなかった。でもだからこそわたしはクムジャさんが好きだった」たぶんこれが監督の見解でしょう。後悔を引きずって人は生きていく、生きれば生きるほど悔いは増えていく、そう、生きるとは修羅だ…と。